寝ても醒めても

まだ本調子じゃない

格闘ゲーム雑感


 朝目新聞を購読しているとたびたび格闘ゲーム衰退論を目の当たりにする。
 格ゲーは初心者お断りの雰囲気が強く、衰退の一途を辿っている。
 新規プレイヤーが参入しにくい。
 わかる。
 誰がコマンド入力なんぞ練習するものか。
 ゲームのテクニックはトライ&エラーで培うものだが、それを行う場が、格ゲーにはないというのが最大の問題かと。
 CPU相手に練習し続けていても楽しいはずがない。
 対人戦に辿り着くまでにこなさなければならないステップが多すぎる。
 同レベルのプレイヤーがいて切磋琢磨できるような環境が待たれる。
 そのためのオンライン環境だと思うのだが、
 オンラインの登場は格ゲーをいっそう玄人向けにしたらしい。
 ランキングにより世界規模で順位が決まっちゃうから、自称最強プレイヤーさんたちが井の中の蛙であったことを容赦なく思い知らされて引退していくのである。



 自分がやりこんだ格闘ゲームは『ストリートファイターEX+α』だけ。
 これはコマンド入力をよく受け付けてくれた。
 がしゃがしゃしてたらなんか技がでてくれる。
 操作感がイメージと一致する。
 他の格ゲーだとコマンド入力が上滑ってる感じがある。
 どこまでゆっくり入力しても受け付けてくれるのか、そのあたりがまったく分からない。
 KOFシリーズとか全然反応してくれない。
 ↓→↓→Pみたいなコマンドがあるとして、体感で「ぐ~りぐり」とつぶやけるぐらいのゆるい受付が望ましいかと。



 初心者はガードをしないから弱いという話を聞いた。
 そうだろうか。
 ガードを固めてカメになられて攻撃が一切通じなくなると、むしろ攻め方が分からなくなって、格ゲーつまんね、となるのではないか。
 どんな派手な必殺技もガードしておけば体力ゲージは大幅には削られないというのは、むしろ初心者にとって有り難い話ではないか。
 仮にガードが廃止されたら、初心者は落ち着いてプレイできず、一方的に殴られて負けて引退するか、
 さもなければ自分が何をしているのかも分からないぐらいしゃにむに攻めて、経験が蓄積されずやはり引退するのではないか。
 フリーゲームのマッスルファイト(キン肉マンの格ゲー)はガードがなく、習熟する前にしんどくなってやめた。



 格ゲーの必殺技(はどうけん、しょうりゅうけん)は華であり味付けでしかないぐらいでちょうどいいと思う。
 必殺技が使えた方が格好いいし駆け引きの幅が増える、それはいいとして、 必殺技を使えなくても戦えるぐらいがいい。
 実際、EX+αはそんな感じだった。
 ・攻撃ボタンで殴りに行く
 ・ガードで攻撃を防ぐ
 ・投げ技はガードにも有効なので、ガードされたら投げに行く
 ・ガードを突き破るガードブレイクが非常に簡単なコマンドで発動できる(ふたつのボタンを同時押しするだけ)
 通常攻撃、投げ技、ガードの三すくみ。
 シンプルで分かりやすかった。



 よく聞くのはスマブラ方式が最善であるという話。
 ガードの概念がなく、コマンド入力の概念もない。(やったことないから知らんけど)
 とっつきやすいし、上級者に圧倒されても完封された精神的苦痛のようなものがなさそう。

 『機動戦士Ζガンダム エゥーゴvs.ティターンズ』方式もとっつきやすい。
 コマンド入力が簡単。(あるボタンを押しながら別のボタンを押すだけとか、ダッシュ中にボタンを押すだけとか)
 接近技(ビームサーベル)と飛び道具(ビームライフル)がボタン一つで繰り出される。



 超必殺技的なものはボタン一つで出せた方が初心者ウケはよさそう。
 発動条件をコマンド入力以外のところで縛る。(ゲージの蓄積など)



 よく考えるのはアクションゲームをそのまま格ゲーにしてしまえばいいのではないかという案。
 星のカービィスーパーデラックスが対戦ゲーになってもよさそう。ヘルパー含めた2on2とか燃える。
 要はアクションゲームの操作性を格ゲーに持ち込めば裾野は広がるんじゃないの、と。



 体力ゲージの撤廃とかどうだろう。
 基本、一撃必殺。
 部位破壊もある。
 とか考え始めると、やっぱり『機動戦士Ζガンダム エゥーゴvs.ティターンズ』ぽくなっていく。
 このゲーム、ガンダムビームサーベル一本で戦うが、盾が壊れると二刀流になって手が着けられなくなるのよね。



 以上、素人考えでした。

どるちぇ

 ネスカフェのドルチェグストを二年前ぐらいに購入して、それ以来重宝している。
 うまいと思って飲んでいるが、他のコーヒーを飲まないので、正味のところどれほどうまいのかは分からない。
 カフェや喫茶店に入らないし、コンビニコーヒーや他のコーヒーマシンを試したこともない。
 缶フェチなので缶コーヒーが好きだったが、ドルチェで飲むようになってからは缶コーヒーなんて飲めなくなった。
 ていうか缶コーヒーは、あれはコーヒーなのか……? というレベル。
 (ちなみに缶フェチとは書いたが、特にフェティッシュな意味合いはない。
  ただ、ペットボトルと缶なら口に触れたときの感覚が後者の方が圧倒的に好きで、
  ペットボトルと缶を選択できるときは常に缶を選んでいる。というだけのこと。
  缶はクチのサイズの関係で流出量と喉に当たる角度が最高に自分に合っているらしい)

 それでドルチェの味って、ぶっちゃけどうなのよ、と検索してみたが上位に出てくるのは吐き気を催すような広告記事ばかり。
 どういうワードを検索にかければぶっちゃけたナマの声が聞けるのかよく分からない。

 自分の好みでいうとレギュラーブレンドはかなりおいしい。
 次いでリッチブレンド。量が多くてクセが少ないから朝食にチョイスしやすい。
 モカブレンドもときどき飲むといい。

 オリジナルブレンドはまろやかすぎて、どうも。

 ローストブレンドは、一時期はまっていた。
 去年の今頃か。
 冬が終わって夏が来て、ホットコーヒーから遠ざかると、舌が苦みへの耐性を失って、ローストが苦すぎるように感じた。
 そういうわけでレギュラーが安定してうまいと感じる。

 エスプレッソは疲れたときに飲むと異様にうまい。
 あとはコーヒー飲みたいけど他の飲料で腹がたぷたぷのときに。量が少ないからという理由で選ばれる。少量ってのもアドバンテージになるんだなと。




 コーヒーは苦みより酸味が好き。
 リッチブレンドは前バージョンであるモーニングブレンドより酸味が増したらしいが、自分はモーニング時代の方が好きだった。
 酸味増したのに、なぜだろう。
 やっぱり苦みやらコクやらあってこその酸味なのだろうか。

 美味いコーヒーってのがどんなものなのか、どこへいけば教えてもらえるのだろう。
 他人が淹れてくれたコーヒーや、疲れているときに飲むコーヒーはうまい。それだけ知っていれば十分という気もする。

切り結ぶ

「切り結べば」と書きたいところを、
「切り結めば」と打ち、一発で変換できなかったことで間違いに気づいた。

わざわざ辞書を引いて「切り結・ぶ(五段活用)」の情報を得なければ
正解の「切り結べば」がでてこなかった。

この間違いはなんだろう。
ずっと間違えて覚えていたのだろうか。
それとも我が関西圏ではこういう使い方を普通にするものなのだろうか?

たとえば「拾う」は「ひろう」だが、
こちらでは「ひらう」で通じるので、
「ひらう」と打って変換できないことに驚き、
一瞬考えてから「ひろう」が標準語であることに気づく。

今、ATOKの関西弁モードを試したところ、
「ひらう」は「拾う」になったが、
「きりむすめば」は「キリム住めば」にしかならない。
やはり個人的な謎音便であろうか。

カクヨムに登録した

登録を忘れていたので登録した。
というか、ブクマのお気に入りに出てきたのではじめて覗きにいって、
評価ボタンを押したくなったのでIDを習得した。
 
基本、読み専門で。
短編よりも更に少ない掌編なら積極的に読めるので、そういう長さのを、気が向いたら読む。
(感覚的に増田文学の二倍程度の長さ)
 
ものっそい指南したくなる作品があってもそこは我慢。(規約見た感じそういうのはNGっぽいし)
指摘しても大きなお世話だろう。
ブーメランにもなってしまうし。背中にぶっささること間違いなし。
逆に文章しっかりしてる人も普通にいる。
なんだかんだで意欲ある人たちだから水準は高いのかな。
 
 
 
登録した翌日にマイページ的なところを見てみると、
フォロワーが11人。
なんなんだ。
新奇登録者を適当にフォローしてるらしい。
そうしないと「書き手である自分」を見つけてもらえないのだろう。
読んでもらえないと評価もしてもらえない。それは寂しい。料理を作ったのに食べてもらえないのは悲しすぎる。
しかしである。
読んで欲しいオーラが腐臭を放っている側面もある。
ブーメランだけど。こんなふうに感じたことがなかったので戸惑っている。初対面の人に告白されて困惑してるノリか。告白ほど重くないけど。全然軽いけど。
や、ブーメランだからこれ以上言うまい。
なんだかんだでフォローしてくれた人の小説をチェックはしている。



読んだ中では『マグ猫』というのが楽しい小説だった。
ああいうのが好きだし、自分でも書きたいし、でも面倒くさいからかかないし、かつてはああいうものも書けたのになぁと思いながら、もう書かないからこそ読みたいと思う。*1
気張って書いたものではないと分かる軽いものを読んで、普通に読解できる文章を普通に読みこなしていく感覚が、自分がネットに求めているものなのだと、そんなふうに思った。
なんつって。




しかしどうやって求めるものを探していけばいいのか。
わりと前衛的なやつを読みたくもある。
ガッチガチの技巧派とか。
ストーリーを追うと言うより、眺めているだけで気持ちよくなれる風景のようなやつ。

*1:ぼくは『猫も杓子も』ってのを書いたことがあって、当時はああいうのをいくらでも書けたが、今は書けなくなっている。

発情

預かっているインコがぼくに発情しているらしい。
犬がハァハァとやるような調子で嘴を開き、
変態的な緩急で首を縦に波打たせる。
というか、そうすることでエサの吐き戻しを行っているふうである。
(雄のインコは求愛行動としてエサを吐き戻し雌に与える)

今日、無印良品で購入した鏡を見せたら気に入ってくれた。
鏡に映る自分自身に発情していた。
鏡の像だと認識しているのか定かではないが、
「俺のスピードについてこられるか?」
といったふうに、唐突に首を振り下げる、普段見せない動きを披露していた。

鏡の向こうの自分を引っ張り出そうといろいろ試していた。
それ一休さんもとんちで誤魔化したやつやで。

主戦場はダイアリー

はてなブログにつけた我がスターをクリックするとこちらへ飛ばされてくるらしい。

しかしぼくの主戦場は はてなダイアリーだ。
どのみち、定期的な更新はしなくなっているので同じことだが。
それでも主戦場はダイアリーだ。

この場所とダイアリーで、どういった棲み分けがなされているのか、
考え出すとこの場所を消したくなるだけなので考えないでおく。

いや、もう消してしまおうか(早まるな

ちょっとずつ調子でてきた

 木曜の仕事終わりから腹部に違和感を抱えていたが帰宅後からその違和感は腹部に潜む巨大な空気の塊というか虚無の塊のようになって、食欲不振に戸惑いながらもいざ就寝しようと灯りを消し寝台に潜り込んで目を閉じた数秒後に上位の世界から下位の世界へ駆け抜ける天啓の如くお達し――便意――が閃き、脱兎の如く厠へ駆け込み、下から下し、腸の内容物すべてが排泄されるまで滝か夕立か台風かといった物音が続いた。一つ区切りがつき、これで食欲不振と腹部の違和感の原因が去ったのだと楽観しながら、汚物が更なる下々の世界へ旅立つ様を見送っていると、今度は俺の番だとばかり胃袋から駆け上がるものが、その強靱な上昇志向に反して下々の世界へと怒濤の勢いで飛び降りてゆく。滝、夕立、台風、再び。「吐瀉物」この三文字は文字というより眼下の光景を見たまま絵にしたかのように思えてならない。それは無理矢理喉に通したみそ汁の死骸、これが天の恵みに対する仕打ちかと恨めしそうにこちらを睨め付けてくる南京の憎悪、無惨に打ち砕かれた白米の哀れ。
 だがこれでけりがついたのではないか。楽観がなくては人生という道など歩けはしない。再び就寝。走る稲妻。飛び起きる男が一人、廊下を走りけり。やれ、けりをつけてもけりはつかない。僕の腹の中には官僚がいる。天下りをあてにしている。これはおもしろくない(いろんな意味で)。老害を下々の世界へ追放した後、社会の悪循環が続かぬようにと祈りを込めて正露丸を呑む。寝台に身を横たえる。再び駆け上がるものありけり。駆け上がれfighter like a KOIKING ……恋のように甘酸っぱい……いや単に酸っぱい……だが恋のように心地よい……わけでもない。厠の戸は開いているが、間に合わない。両手の平で嘔吐物を一旦受け止め、こぼれ落ちる前に便器の上まで間に合わせる――こんにちは正露丸、また会ったね――嘔吐。人は誰からも学ばず、吐くことができる。その機能はオートマティック。下痢もまたオートマティック。便座に腰をかけ、上下同時攻撃が来たならどう対応すればいいか思案する。答えは出ない。思考は容易く移りゆく。すべてはオートマティック。
 サルトルの著『嘔吐』を読んでいた頃を思い出した。僕は主人公がいつ吐くか、待ちわびた。主人公はついにマロニエの木の下で、ついに、ついに――吐かなかった。「嘔吐」には「吐瀉物」の意味はない。吐かない。「吐き気」までである。僕はさっき「嘔吐物」という言葉を使ったが、これは私製語である。以来、あたかも辞書に載っているかのように使っているが、指摘されたことはまだない。
 サルトルの著は難しすぎた。僕にとっての収穫はこれっぽっちだったのだ。何もかもがこの手をすり抜けてゆく。吐瀉物はまとわりついているが。
 話を戻そう。あとは繰り返しである。肛門は常時開放型の斬魄刀であり、始解の呪文を必要としていない。才能と克己心のあるものだけが卍解に至れると伝え聞くが、今以上の状態など想像もできない僕には縁のない話であろう。
 一時間ほど眠り、便意で目覚め、流出が先か、便座に座るのが先か、ウサギとカメの壮絶なデッドヒート。このウサギは怠け者ではなく、怠ける振りをしてカメを油断させる曲者である。片やカメも足の遅いふりをしているが健脚を隠し持っている。どちらが僕か。どちらも僕ではない。上から来るのがウサギで、下から来るのがカメである。僕はいつも一歩遅れてスタートしているタヌキである。しかも他人を化かすことができず、いつも化かされて泡を食っているタヌキである。もっとも、泡を喰っているというよりは吐いているのだが。
 そういう事情で十分な睡眠が取れず、寝坊したとしても、それはむべなるかなといったところだ。熱がある、吐き気がする、意識が朦朧として天井が回転している。市民病院へ一方を入れて緊急外来として訪れることにし、帰宅した弟に車を回させ、どうにか病院へ。診断結果は感染性腸炎、ひらたくいうと食中毒、ノロにやられたのかなー。
 
 ――というストーリーをでっちあげ、会社へと体調不良の電話を入れた。
 金曜日の夜勤勤務、車で通勤しようとすると、どういうわけか渋滞で遅刻確定だったので――連休に入る前の花の金曜日だからかな――遅刻するぐらいなら、もう休んでしまえ、と。普段は始業二十五分前にタイムカードを押しているのだが、十分遅刻した段階でまだあと二十分かかりそうな混み具合だったし。どうせ仕事ないし。そのくせ来週は休日出勤を強要されるはずだし。土曜日に誘われていた食事会もキャンセルできるし一石二鳥だ。
 
 え、仮病じゃないよ? 会社に行きたくない病だよ。